高野登さんのこと

GP

2009年10月24日 01:30

 追記 最終日の高野さんの選挙活動へのリンク

今日は犀北館で行われた「長野の未来を考える集い」に参加しました。

(興味のない方には申し訳なく思っています。でも今回の市長選はこれまでの
市長選とは大きく違う点があると思いこのような記事を続けています。)

 今日の血気 もとい 決起集会には
無言館館長 窪島誠一郎氏中央タクシー(この会社は長野のタクシー業界に風穴開けた会社として非常に応援しています)の会長でわくわく長野後援会長の宇都宮氏平安堂書店会長でもある平野氏、またナガブロでも活躍中の4代目箱山さんや高野氏の著書の関係などでお付き合いのある方(ごめんなさい お名前失念・・・)や他にも紹介しきれない方がたくさん登壇しました。

 最初に講演した窪島誠一郎さんは約30年前に高野氏と交わした言葉を今でも覚えているそうです。長野に何のつながりのない窪島さんが最初にデッサン館を建設して数年、なかなか長野(上田)方面の方々に受け入れられない時期があったそうです。絵画を手に入れるためにアメリカに割った窪島さんは当時アメリカのホテルで修行していた高野さんと会って、お酒を飲んだ際思わず「長野の人間って冷たいよな~全然受け入れてくれない」と愚痴のようなことを話したそうです。(北信で新しい何かを立ち上げた人の大半は「長野は難しい、冷たい」そんな感想をもっているようですね・・。コンサルタントの先生もそんな話をしていました。)
 
 その時窪島氏は高野氏にこう言われたそうです。

「人をもっと信用しないと相手は冷たく接しますよ。もっと人を信じなきゃ」

 そう言われたそうです。なんかこの会話聞いてとっても心が温かくなりました。
多分 その頃(高野さんは20代だったそうです)からずっと人に対する気持ちは、多少の変化はしているけど根っこの部分はずっと変わってない人なんだと感じました。

 「うまくいかない時、人は外に原因を求めるけど、自分に問いかけることが大切」

高野さんが壇上でそんな話をした時、「ああ この人はネイティブ・コーチなんだ。だから惹かれるんだ」そう感じました。

 自分ばかりではなく、相手の心に問いかけて「本当にそれでいいの?」とか「自分が納得するの?」とか相手が元々持っている答えを引き出し、相手が行動することにつなげていける人・・・それがコーチの大切な役割なんだろうと思っていました。

 まさに高野さんがリッツカールトンで成し遂げてきた業績は、コーチ役の高野さんがクライアント(社員)の元々持っている素晴らしい能力を引き出し、それをまとめることで素晴らしい結果を残すことが出来たのだろうと納得出来ました。

 またこんな話もされていました。

「ずっと若い頃は「運」というものは切り開いていくものだとばかり思っていた。でも最近は運は運ばれていくものだということが最近やっとわかった」とも・・・

 普通 運は切り開く と思いがちですが、そうではなく流れる水のように運ばれるのに任せればいい そんな風にも受け取ることが出来ました。

 選挙終盤、結構相手も強敵で大変だけど今は「楽しんでいる」と言われたときは、この人はどんな時も笑顔で過ごすことが出来るからこそ、大きな壁や障害も乗り越えていける人、リーダとしての素質が輝いていることを感じました。

 もし高野さんが市政のトップになったら、市役所職員のみならず、長野市民みんなが本来持っている能力をうまく引き出し、いろいろなことにつなげていくことでマニフェストにある「日本一の長野市」という目標をきっと達成すると信じています。

 高野さんのマニフェストや姿勢に対していろいろと言う人はいると思いますし、実際言っている人はいますが、その人にはこんな風に聞いてみたい思います。

「このまま合併による、ただただ人口だけが多い寄り合い所帯のような活気のない長野市にずっと住み続け市政に愚痴だけ言い続けますか?

それともこの変われるチャンスをしっかり掴み、長野市政に参加して変えていき他の町に誇れる長野市に住み続けますか?」



 


 

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