2015年03月12日
4回目の3.11
今年も3.11を迎えました。
今日は朝からTVや新聞で「あの日」のことを特集しています。
昨年、自分も参加していた「長野市災害ボランティア委員会」の支援活動をまとめた報告書の完成を以て委員会も解散しました。
現在は「鮭Tプロジェクト」「長野元気プロジェクト」「はんどめいどプロジェクトi」の各プロジェクトが支援活動を継続しています。
これからも、これら支援活動へご支援、ご協力を引き続きお願いしたいと思います。
さて、1年ぶりのブログ更新ですが、今回は初めて現地の大槌町を訪れた時の写真やその後の様子などを振り返りながら
「何故、(自分は)支援活動を続けてきたのか?」を自分に問いかけてみたいと思います。
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今日は朝からTVや新聞で「あの日」のことを特集しています。
昨年、自分も参加していた「長野市災害ボランティア委員会」の支援活動をまとめた報告書の完成を以て委員会も解散しました。
現在は「鮭Tプロジェクト」「長野元気プロジェクト」「はんどめいどプロジェクトi」の各プロジェクトが支援活動を継続しています。
これからも、これら支援活動へご支援、ご協力を引き続きお願いしたいと思います。
さて、1年ぶりのブログ更新ですが、今回は初めて現地の大槌町を訪れた時の写真やその後の様子などを振り返りながら
「何故、(自分は)支援活動を続けてきたのか?」を自分に問いかけてみたいと思います。
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2014年03月12日
3年という月日
震災から3年という月日が流れました。
あの日、長野市内にいて珍しく長く、ゆっくりした揺れに「何かおかしい・・」そう感じてTVをつけました。
そのテレビの画面からは、自分の想像を遙かに超えた被災地の様子が映し出されたいました。
東北沿岸の町々を襲う津波や、原子力発電所で水素爆発が起こり大量の放射能がまき散らされる。。。。
そんな状況を目の当たりにして、「平凡な日常」は一気に押し潰されていったんだ 今はそう思えます。
そして一ヶ月後に入った岩手県の被災地で見た惨状。。
自分の中にあった「(日々の)普通の暮らし」が当たり前ではない・・そんな現実をいやという程見せつけられた震災後の日々でした。
その後、震災支援の団体に参加して、震災の年は「仕事」でも「プライベート」でもどっぷりと支援活動に浸かり、時には仲間と喧嘩し、時には励まし合って1日1日を過ごしていきました。
やっと自分の中で冷静に震災と向き合える・・そう感じていたのですが、今日ラジオから流れた被災した高校生からのメッセージを聞いて、あの時、津波で跡形もなく流された街の様子や、そこで何とか踏ん張ろうとしている方達を思い出して、不覚にもじわりとしたものを感じました。
何故 あの時、そして、その後も被災地の支援に係わっているのか?3年目の「今日」という日を迎え、もう1度 自分に問いかけていきたい そう思っています。
あの日、長野市内にいて珍しく長く、ゆっくりした揺れに「何かおかしい・・」そう感じてTVをつけました。
そのテレビの画面からは、自分の想像を遙かに超えた被災地の様子が映し出されたいました。
東北沿岸の町々を襲う津波や、原子力発電所で水素爆発が起こり大量の放射能がまき散らされる。。。。
そんな状況を目の当たりにして、「平凡な日常」は一気に押し潰されていったんだ 今はそう思えます。
そして一ヶ月後に入った岩手県の被災地で見た惨状。。
自分の中にあった「(日々の)普通の暮らし」が当たり前ではない・・そんな現実をいやという程見せつけられた震災後の日々でした。
その後、震災支援の団体に参加して、震災の年は「仕事」でも「プライベート」でもどっぷりと支援活動に浸かり、時には仲間と喧嘩し、時には励まし合って1日1日を過ごしていきました。
やっと自分の中で冷静に震災と向き合える・・そう感じていたのですが、今日ラジオから流れた被災した高校生からのメッセージを聞いて、あの時、津波で跡形もなく流された街の様子や、そこで何とか踏ん張ろうとしている方達を思い出して、不覚にもじわりとしたものを感じました。
何故 あの時、そして、その後も被災地の支援に係わっているのか?3年目の「今日」という日を迎え、もう1度 自分に問いかけていきたい そう思っています。
2011年11月08日
「遺体―震災、津波の果てに 」
震災以降 支援の活動を続けてきましたが、ある方から薦められた本です。
震災に関して多くの書籍や写真集など発売されていますが、この本は全く別の視点で書かれた本です。
「遺体―震災、津波の果てに 」 著者:石井 光太
ヘビーな内容を書いていますので以降は読みたい方だけ読んで下さい。 「遺体―震災、津波の果てに 」 の続きを読む
震災に関して多くの書籍や写真集など発売されていますが、この本は全く別の視点で書かれた本です。
「遺体―震災、津波の果てに 」 著者:石井 光太
ヘビーな内容を書いていますので以降は読みたい方だけ読んで下さい。 「遺体―震災、津波の果てに 」 の続きを読む
タグ :東日本大震災
2011年10月27日
ツアーファイナル
小田さんのツアーファイナルとなる横浜アリーナ・・
一曲一曲 心を込めて遙か彼方に届け!!
そんな歌い方だったように感じました。
だからだったのかな 心が揺り動かされました。
もうこれが最後・・・そう思うとスクリーンがぼやけて仕方なかった
「また会おうぜ!!」その言葉を信じて「さよならは言わない」だね
一曲一曲 心を込めて遙か彼方に届け!!
そんな歌い方だったように感じました。
だからだったのかな 心が揺り動かされました。
もうこれが最後・・・そう思うとスクリーンがぼやけて仕方なかった
「また会おうぜ!!」その言葉を信じて「さよならは言わない」だね
2011年05月07日
ツアースタート!!
いよいよ 今日待ちに待った小田さんのツアーがここ 長野 からスタートします。
震災という大きな出来事があり紆余曲折があり、自分自身にも変化がありました。
でも3年という間をおいて始まる今回のツアーをおもいきり楽しんできたいと思います!!

震災という大きな出来事があり紆余曲折があり、自分自身にも変化がありました。
でも3年という間をおいて始まる今回のツアーをおもいきり楽しんできたいと思います!!

2011年05月04日
2011年04月26日
被災地での体験から・・・
ご報告が遅れましたが・・・・・
4月14日から4月17日 長野市災害ボランティア委員会の一員として岩手県の大槌町に災害派遣のボランティアとして行ってきました。(長野市災害ボランティア委員会のブログは こちら)
岩手県大槌町までは高速経由で約700k・・・。バイクのでのツーリングで900kちょいを一気に走ったことはありましたが車での移動でこれだけの距離を一気に走ったのは久しぶりでした。他のメンバーと交代でしたが非常に濃~い(笑)メンバーだったことは助かりました。
(詳細は こちらのブログ を参照していただければと思います。)

現地に入って気付いたり感じたことを何点か書きます。
(1)被災者のニーズ以外は押しつけに過ぎない
基本中の基本のことですが、とても大切なことです。2陣で出発された方の報告にありましたが
地元災害ボランティアセンターにニーズを確認せず、勝ってに押しかけてボランティアをした
団体がいたそうです。このようなボランティアが現地ではもっとも嫌われます。
また別の被災地の災害ボランティアセンターでは、ボランティア数が被災者からのニーズより
多く作業を割り当てがなかった人がコーディネータと呼ばれる調整役の人に食ってかかったとも
聞きました。あくまで被災者からのニーズがあるから作業させてもらえるのである
ということを忘れてます。
「その作業は誰のためにやるのか?」を常に問うて欲しいと思います。
(2)チーム行動出来ない人は参加しない
きつい書き方ですが、現地での作業はあくまで「チーム(団体)」で行われます。
また個人で行った場合、突然見ず知らずのチームと行動を共にすることがあります。
このような時全く見ず知らずの方々と泥だし等の力仕事を行う時に協力出来ないと周りの
みんなに迷惑(最悪ケガを誘発する)をかける可能性が高いです。
その辺を十分 認識した上でボランティアに参加していただければと思います。
(3)自己完結が基本
「水がないのか?」とか「布団はないのか?」などを気にする方がいますが、そのような気持ちでは
行かない方がいいと感じました。
被災者の多くの方々は水も布団も充分ではない避難所での生活を余儀なくされています。
そんな人達のために行動しているとすれば、そのような言葉が出てくること自体おかしなことだと思います。
(4)現地に行くだけがボランティアではない。現地に行かないことで出来るボランティアもある!
長野市災害ボランティア委員会では平日のボランティア受付や細かい事務作業など現地に
行かずとも長野で出来る後方支援も多々あります。
そんな後方支援があるからこそ、現地でのボランティア活動が出来ると思っています。
その他 「GW後の平日のボランティアが少なくなる」「支援物資の提供をいかに減らさないか?」「被災地ではないかたこそ出来る被災地支援」などたくさんのことがあります。
まだまだ長期にわたる支援が必要になる・・そんな風に感じた被災地での日々でした。
また栄村も今は少し落ち着いていますが、これから雪が溶けると被害が目に見えて来たときにもボランティアが必要になると思っています。
写真は一緒に行かれた方が撮った写真です・・・。

あの状況の中でも四季は確実に訪れるものだと改めて感じました。
4月14日から4月17日 長野市災害ボランティア委員会の一員として岩手県の大槌町に災害派遣のボランティアとして行ってきました。(長野市災害ボランティア委員会のブログは こちら)
岩手県大槌町までは高速経由で約700k・・・。バイクのでのツーリングで900kちょいを一気に走ったことはありましたが車での移動でこれだけの距離を一気に走ったのは久しぶりでした。他のメンバーと交代でしたが非常に濃~い(笑)メンバーだったことは助かりました。
(詳細は こちらのブログ を参照していただければと思います。)

現地に入って気付いたり感じたことを何点か書きます。
(1)被災者のニーズ以外は押しつけに過ぎない
基本中の基本のことですが、とても大切なことです。2陣で出発された方の報告にありましたが
地元災害ボランティアセンターにニーズを確認せず、勝ってに押しかけてボランティアをした
団体がいたそうです。このようなボランティアが現地ではもっとも嫌われます。
また別の被災地の災害ボランティアセンターでは、ボランティア数が被災者からのニーズより
多く作業を割り当てがなかった人がコーディネータと呼ばれる調整役の人に食ってかかったとも
聞きました。あくまで被災者からのニーズがあるから作業させてもらえるのである
ということを忘れてます。
「その作業は誰のためにやるのか?」を常に問うて欲しいと思います。
(2)チーム行動出来ない人は参加しない
きつい書き方ですが、現地での作業はあくまで「チーム(団体)」で行われます。
また個人で行った場合、突然見ず知らずのチームと行動を共にすることがあります。
このような時全く見ず知らずの方々と泥だし等の力仕事を行う時に協力出来ないと周りの
みんなに迷惑(最悪ケガを誘発する)をかける可能性が高いです。
その辺を十分 認識した上でボランティアに参加していただければと思います。
(3)自己完結が基本
「水がないのか?」とか「布団はないのか?」などを気にする方がいますが、そのような気持ちでは
行かない方がいいと感じました。
被災者の多くの方々は水も布団も充分ではない避難所での生活を余儀なくされています。
そんな人達のために行動しているとすれば、そのような言葉が出てくること自体おかしなことだと思います。
(4)現地に行くだけがボランティアではない。現地に行かないことで出来るボランティアもある!
長野市災害ボランティア委員会では平日のボランティア受付や細かい事務作業など現地に
行かずとも長野で出来る後方支援も多々あります。
そんな後方支援があるからこそ、現地でのボランティア活動が出来ると思っています。
その他 「GW後の平日のボランティアが少なくなる」「支援物資の提供をいかに減らさないか?」「被災地ではないかたこそ出来る被災地支援」などたくさんのことがあります。
まだまだ長期にわたる支援が必要になる・・そんな風に感じた被災地での日々でした。
また栄村も今は少し落ち着いていますが、これから雪が溶けると被害が目に見えて来たときにもボランティアが必要になると思っています。
写真は一緒に行かれた方が撮った写真です・・・。

あの状況の中でも四季は確実に訪れるものだと改めて感じました。